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メンバーより

ふと気づいてみると、楽器に触れるようになってからはや50年以上の歳月 が流れました(初めはピアノでした)。
その間、私の隣にはいつも音楽がありました。時には深く、時には浅く…。 そして何よりも、音楽を通して本当に良き師、良き仲間に恵まれたと痛感しています。
20年以上のブランクを経て、再びディマンシュに加えてもらった時、初めはうまくとけこめるか、練習についていけるか、不安でした。
でも、メンバー全員から、よく帰ってきたとあたたかく迎え入れてもらった時、私は本当に良き音楽仲間に囲まれているのだと実感しました。
それに加えて、ディマンシュのメンバーには、酒好きと食通が多い。
練習後、いや練習のない日も、良き酒、うまき食を求めて、自然と仲間が集うのです。これが実に楽しい!
人生を豊かに過ごす秘訣。それは、ディマンシュの仲間と音楽を奏で、うまい酒を飲むことです!

(2014年10月 FL/TT)

私がディマンシュに参加したのは1979年ですので、もう35年も前のことです。20代前半でした。そして今は50代後半ですから、人生の大切な時期をディマンシュのみなさんとご一緒させていただいた ことになります。その途中では、一時期参加できなくなったり、今まで 秘密にしていましたが、一度だけ自らの禁を破って、やむなく市販リードでまかなった、という厳しい時期もありました。 (あっ、オーボエをやっています)

ともあれ、すばらしい人たちと、音楽の作り方や人間が変わっていくのを 共有しながら歩んできていることが、生きていくうえでのなによりの糧になっています。感謝。 未来はよくわかりませんがこれからも、音楽づくりも人間性も飲み会での話題も、多様に変化させて楽しみたいと思っています。

(2014年10月 Ob/TY)

 ディマンシュに入団したのは、大学オケを卒業してすぐ。まだ右も左も分からない状態から私のディマンシュ生活は始まりました。
 当時のディマンシュは仕事で忙しい方が多く、練習人数が3人(コンミス、ホルン、オーボエ)という時もありました。 それでも個人練習にせず、音楽の練習をするのがディマンシュの面白いところ。 大変でしたが楽しくシューマンを練習した記憶があります。
 ディマンシュが面白いのは、なんといっても練習です。 同じ感覚を持ち、同じ方向を向いて進んでいく音楽を作っていく過程では時々はっとする楽しい瞬間が訪れます。音楽の会話が出来たり、一緒に肯いたり、笑い出したり、涙してみたりと人間同士のつながりのような音楽が出来る幸せな瞬間が共有できるときです。
 そんな練習のあと、美味しい飲み物と食べ物でまた盛り上がる瞬間はそれこそ一番楽しいときなのです。

(2014年10月 Ob/AI)

初めてディマンシュに乗せていただいてから、途中お休みもありながら、約10年をエキストラとして活動に参加させていただき、74回演奏会より団員として参加をしています。

わたしのディマンシュの好きなところは、演奏者ひとりひとりがアンサンブルをとても大切にしているところです。小さい編成ながら、だからこそつくることができるアンサンブルの先には、いろいろな景色が見えてきます。

個人的にはまだまだ未熟者ではありますが、そんなアンサンブルのつくりだす景色を、少しでもお客さまにお伝えできるような演奏ができるよう、精進したいと思う今日この頃です。

(2014年10月 Cl/TK)

ずっと続けてきた好きなことが、突然、怖くなったという経験がありますか?

ドボルザークの交響曲7番(第16回の演奏会)でホルンを吹くことが怖くなり、その後、しばらくホルンを手にしませんでした。何を恐れていたのか、今でもよく分かりません。もうホルンをやめようかなと悩んでいましたが、数年後、どうしても断りきれないしがらみで、さいたまの某オーケストラで吹いてから、またやってみようかなと思い、いくつかのオーケストラを渡り歩きました。でも、「何かが違う」という思いが消えず、やはりやめようかな・・・。

何が違っていたのか。多分、だれかの音楽の部品でしかなかったのかもしれません。数年後、機会あってディマンシュに復帰。ここには「自分たちの音楽を創ろう」という仲間がいました。与えられたものではない音楽。決してディマンシュは完全無欠ではありませんので、ここがキライ!というところもありますが、ディマンシュで「創る」楽しさを再認識したので、吹くことが怖くなることがあっても、多分、前歯がなくなって吹けなくなるなで、ディマンシュで(存続していればですが・・・)ホルンを手にしていることでしょう。

(2008年3月 Hrn/OK)

ディマンシュで得られるかもしれない快感

・16分音符の響きとテンポ感が揃う時。
・pp の響きに包まれた時。
・リズムパートが廻ってきて、オケのテンポを決めるとき。
・他パートからのメロディーフレーズの受け渡しに、Vnなりのアレンジを加えられた時。
・移調した音程が当たった時。

一度経験してしまうと、もう一度出来るかもしれないと思って練習しますが、今一つ 再現性に欠ける今日この頃です。

関西から東京への転勤で1991年から97年までと、2013年7月からまたまた東京転勤で復帰させて頂きました。

楽器を演奏するという手段で、音楽を作り、音楽を楽しめるように頑張りたいと思います。

(2014年10月 Vn/MN)

オーケストラをよく知らない方は、「あんなにたくさんの人に同時に音を出させるなんて、指揮者って偉いのね・・・」 なんておっしゃいます。でも、いつも皆さんがやっていることなんですよ。ほら、宴会の終わりに、「それでは一本締めで・・・ よ〜おっ」「パン!」とか、「せーの」「ほぃ!」とか、「じゃんけん」「ポン!」とか・・・ 号令をかける人それぞれに早さも強さも違うけれど、みんな一斉に行動できますよね。その「よ〜おっ」とか「せーの」を無言で尤もらしい顔をしてやっているのが指揮者なのです。
 ディマンシュには楽器を持った指揮者がたくさんいます。演奏中にはあちこちで「せーの」というかけ声が飛び交っています。その1つ1つをキャッチして「ほい!」と音を出す・・・ それがピッタリ合うごとに味わう爽快感こそ、私にとってのオケの醍醐味です。

(2008年3月 Vn/KT)

 ディマンシュのコンマスのおねーさん、Vaトップのおにーさんはどちらもとっても上手です。が、あんまり気が合いません。 その間の2ndで、右と左が違うぼーいんぐで弾いているのに気がついて、どちらか決めてください、というと、どちらもかなり譲りません。
 喧々諤々論争の後、どちらかが嫌々ながら折れますが、最近は譲った方がビール1杯おごられることになっています。 #が、たぶん同じくらいの量になってご破算のようです。
 わたしは、2009年からまだ5年の新参者ですが、団員同士が意見を言い合い、音楽を創り上げていくこと、そして、練習後の飲み会の楽しさに、はまっています。
 ぜひ、一緒に弾きに、あるいは聴きに、いらしてください。

(2014年10月 Vn/MM)

♪悲しいとき〜!
ヨハン・シュ何とかのワルツで、ウンチャッチャ(後打ち)をやっていた第2ヴァイオリンがいつの間にかメロディを弾いているのに、ヴィオラは最後まで後打ちを続けているとき〜!

♪ささやかにうれしいとき〜!
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク第1楽章の再現部最初の音で、他のパートはG(ソ)のユニゾンなのにヴィオラだけH(シ)の音を弾くとき〜!

♪快感を感じるとき〜!
p(ピアノ)のところでも「ヴィオラだけは出していい」と言う指揮者の下で、ここぞとばかりに大きな音で弾いているとき〜

(2008年3月 Va/TS)

3年前に50歳を目前に控え、ふと、あと何年ヴィオラが弾けるかなと考えたとき、せいぜい20年ぐらいしかないことに気づき愕然としました。もうそれしかないのかと。残った時間を密度の濃いものにしたいと、楽器を奮発して買い替え、またエチュードからやり直しています。弾きたい曲がまだ山のようにあって楽しい毎日を過ごしています。

ディマンシュをやってきて、ときどきすばらしいと思う瞬間があります。弾きながら会話ができることです。小編成で自主的に音楽を作るというテーマをずっと追い続けているディマンシュの良さはまさにそこにあると思います。1st Vnのやりたいことが伝わり、それに応えて演奏する。木管とのやりとりをしながら音楽がひとつに溶け込んでゆくような経験を何度か味わいました。ときにはけんか腰のときもありますが、時間を忘れて音楽に没頭する時間をもっともっと共有できたらと思います。

(2008年3月 Va/AY)

確か第3回からの参加ですが、Va一筋にヴィオレンジャーの一員を守って?います。有名どころのシンフォニーはひと通り2回は演奏したはずですが、やっぱりディマンシュのブラームスは好きです。

いつも関西から聴きに来ていただいている知人の期待に応える意味でも、身体が動くうちはまだまだ精進したいと思うこの頃です。 

(2008年3月 Va/JS)

僕がディマンシュで学んだこと

・どんなに綺麗な音で弾いても客席に届かなければ意味無し
・Vaは譜面のダイナミックレンジを変えてしまうことは勿論、曲によっては譜面そのものをアレンジしても良い
・Vaは指揮者より偉い
・楽器とアイコンタクトで会話できるオケほど楽しい場所はない
・ハイドンにVaは不要

学生時代に皆さんの仲間に入れていただき、それからずいぶんの歳をとりましたが、ここに来ると、その当時に戻れた気分になります。これからも宜しくお願いします。

(2008年3月 Va/KS)

第72回演奏会から参加しています。もはや新たな団体にかかわる余力はないと思っていたのですが、「楽器で会話する」というディマンシュの音づくりと合奏力に、すっかり魅了されてしまいました。
 ディマンシュのベースにあるのは、永い期間をかけて発酵が進んだ、演奏者たちの音楽性(&いろいろ)のぶつかりあいというところでしょうか。かく言う私は「ぶつかりあう」どころか、イケメンすぎるヴィオリストたちの、いわば金魚のフンとなって、このうえなく美味しく幸せな思いをさせていただいております。
 この美味しさをストレートに堪能できるのは、あとからやってきた者の特権。でも、そんなことを言っている間はディマンシュのメンバーというより、一ファンと言ったほうがいいかもしれません。発酵の過程を体験した者でなければわからない、さらに奥深い味わいがあるようです。私もこれから益々美味しい発酵の過程に関わっていけますように。

(2014年10月 Va/KS)

創業者一族の一人ですが、なかなか練習に参加できず、賛助メンバー? と思われているかもしれません。

定年後はもう少し身を固め関わり方をきちんとせねばとも思いますが、 本人の演奏定年? も迫ってきそうで・・・

ともあれ40年近いお付き合いに感謝し、体の続く限りバリバリと演奏し存分に音楽を楽しみたいと思っています。 これからもよろしくお願いします。

(2014年10月 Cb/TS)

中学生の時、FMで偶然にランパルの演奏を聞かなければ…、
たまたまつけたTVでブラームスの第1交響曲を聞かなければ…、
高校生の時、もしN君に会わなければ…、
大学生の時、もしもあの人とあの人と〜あの人に会わなかったら…、
四谷の土手の上で、S氏の発言がなかったら……。
様々な「偶然」の足し算は、掛け算となり、累乗へと膨れ上がり、
今や堂々たる「必然」となった。
全ての過去は過ぎ去ることなく、降り積もり、
「私の運命」を形成した。
できることは、はっきりした。「運命の歌」を歌い切ろう。

(2008年3月 Con/SY)

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