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今回の聴きどころ

第93回(2023年9月)




 今回の曲目は、イタリア、スペイン、ドイツというバラエティに富んだ国の作曲家の作品です。一見バラバラの作曲家のように見えますが、この3人の作曲家と今回の曲目には意外な共通点があります。この3人の作曲家は、同時期にパリに滞在していて、お互いに面識がある可能性があるのです。イタリアの作曲家ロッシーニは、1823年(31歳のとき)に歌劇「セミラーミデ」を発表した後パリに移住し、1836年まで在住しています。1824年にはパリ・イタリア座の音楽監督に就任しています。スペインの作曲家アリアーガは、1821年(15歳のとき)にパリ音楽院に留学し、1826年に亡くなるまでパリに在住しています。ドイツの作曲家メンデルスゾーンは、1825年(16歳のとき)に父に随行してパリに滞在し、ケルビーニやロッシーニからその才能を認められたと言われています。メンデルスゾーンは、この時すでに数曲のオペラや交響曲第1番を完成させています。ケルビーニはイタリア出身のオペラ作曲家で当然ロッシーニとは面識があると思われますが、当時パリ音楽院の院長でアリアーガの恩師でもあります。

 また、今回の演奏する3つの作品にも共通点があります。一つは、それぞれの20歳前後の若い時代に書いた作品であること。アリアーガの交響曲は18歳、ロッシーニの序曲とメンデルスゾーンの交響曲はそれぞれ21歳のときの作品です。そしてもう一つは、長調の明るい序奏で始まり、主部に入ると暗い短調に転じることです。ロッシーニはホ長調からホ短調に、アリアーガとメンデルスゾーンの第1楽章は、ともにニ長調からニ短調に転じます。長調の序奏から短調の主部に転じる曲は珍しく、一つの演奏会で、すべての曲がこのコンセプトで統一されているのは、奇跡に近いと言えます。(実際は、このプログラムの選曲は偶然で、コンセプトは後付けです。)

 そもそも、古典派の時代、短調の交響曲自体珍しいのですが、長い序奏が付いているのは更に珍しいです。ハイドンの104の交響曲のうち、短調の曲は「告別」や「めんどり」など11曲ありますが、意外なことに序奏のある曲は1曲もありません。モーツァルト(2曲)、ベートーヴェン(2曲)も然りです。他の作曲家ではいくつか見られますが、序奏は主部と同じ短調です。プレイエルの交響曲op.4-1は「ハ短調」と呼ばれていますが、実質はハ長調で、ハ短調の序奏にハ長調の主部が続きます。今回のコンセプトとは逆ですが、このような例は他にもあるかもしれません。

◆歌劇「パルミラのアウレリアーノ」序曲~実は有名な序曲
 ロッシーニ(1792-1868)が書いた歌劇「パルミラのアウレリアーノ」(以下、「パルミラ」という。)を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。しかし、歌劇の名前は知らなくとも、その序曲を聴けば、聴いたことがあるはずです。実は、「パルミラ」序曲は、歌劇「セビリアの理髪師」(以下、「セルビア」という。)序曲として演奏されている曲です。

 「セビリア」序曲としては、多くの版が出版されていますが、大きく分けると2種類に分類されます。両方とも同じくらいよく演奏されています。曲はほとんど同じなのですが、①楽器編成、②主旋律、③スラーなどアーティキュレーション、に違いがあります。特に主部の第一主題に「明確な」違いがあるので、その部分を聴けばどちらの版かが分かります。

 この両版を仮にA版、B版とします。少し古いですが、この曲の主部の第一主題のモチーフが1970年に流行った歌謡曲「老人と子供のポルカ」*注 の歌い出しに似ているので、両版の違いを示すため、その歌詞を付けてみます。A版をこの歌詞で歌うと「*ヤメテケレ、*ヤメテケレ」(*は八分休符)とピッタリとハマります。しかし、B版をこの歌詞で歌うと「*ヤメテケレ、**メテケレ」となってしまいます。つまりB版では、2回目の八分音符が一つ欠けているのです。ちなみに当団では、A版を「ヤメテケレ版」、B版を「メテケレ版」として便宜上区別しています。(これ、本当の話。)

 「セビリア」序曲は元々、1813年、ロッシーニが21歳のときに書いた「パルミラ」のための序曲でした。この「パルミラ」序曲は上記の版の違いで表すと「メテケレ版」です。ロッシーニは1815年、この序曲を歌劇「イギリスの女王エリザベッタ」(以下、「イギリスの女王」という。)の序曲に転用しますが、この時に主旋律を「ヤメテケレ版」にし、ピッコロや3本のトロンボーンを加えるなどの改訂をしています。さらにこの序曲は1816年2月20日に初演された「セビリア」の序曲として再転用されるのですが、「セビリア」の自筆譜には序曲が欠けているため、その初演時に「パルミラ」序曲、「イギリスの女王」序曲のどちらが使われたのかは不明です。しかし、「1816.X(10?).26」の日付のある「セビリア」全曲版の手書きスコアにある序曲は、微妙な違いがあるものの「イギリスの女王」序曲が使われているので、初演時にも「イギリスの女王」序曲が使われた可能性が高いです。ただ、「セビリア」の歌劇本体の楽器編成は小規模で、トロンボーンなどの楽器が入っていないことから、「パルミラ」序曲説も根強く、後に「パルミラ」序曲を付けた「セビリア」全曲版が出版されました。そのために二つの版が混在し、混乱が生じているのです。当団では、「イギリスの女王」序曲が転用された「ヤメテケレ版」が正統な「セルビア」序曲であると考え、それと区別するため、今回演奏する曲を「パルミラ」序曲と銘打つことにしました。

  なお、「セビリア」序曲の「メテケレ版」にはバストロンボーン(バストロ)が入っていますが、近年バストロのない版が出版されています。原曲の「パルミラ」序曲にバストロがないことから改訂されたものと思われます。また、「メテケレ版」を「原典版」、「ヤメテケレ版」を「改訂版」としている楽譜もあるようです。

◆「スペインのモーツァルト」が作った唯一の交響曲
 フアン・クリソストモ・アリアーガ(Juan Crisóstomo de Arriaga, 1806-1826)は、モーツァルトが生まれた50年後の同じ日(1806年1月27日)に生まれたスペインの作曲家です。モーツァルト同様「神童」と呼ばれ、13歳でオペラを作曲して、15歳でパリ音楽院に留学しますが、残念なことに、20歳になる直前(10日前)に亡くなってしまいます。死因はよく分かっていません。モーツァルトと誕生日が同じことや、その天才ぶりと短命さから「スペインのモーツァルト」と称されています。しかし、アリアーガは、スペインと言ってもビルボ(ビルバオ)というバスク地方の都市で生まれたバスク人です。バスク地方は17世紀にフランスとスペインによって北と南に分割され、両国の領土となりますが、民族や言語が両国とは異なり、独自の文化圏を形成しています。しかもアリアーガはフランスのパリ音楽院に留学してパリで没していることから、「スペインの」という冠語が適当かどうか、疑問が残ります。ちなみにパリ音楽院では、イタリア出身の作曲家で同院の院長を務めていたケルビーニに師事しているので、更に複雑になっています。

  この曲は、アリアーガが1824年、弱冠18歳のときに書いた唯一の交響曲ですが、すでにその天才ぶりが発揮され、古典的な中にもロマンチシズムに溢れた作品となっています。せめてアリアーガがモーツァルトと同じ35歳まで生きていたらどんな交響曲を書いていたのかと思うと、夭逝が悔やまれます。ちなみに1824年と言えば、ベートーヴェンの「第九」がウィーンで初演された年です。「第九」は1831年にパリ音楽院管弦楽団によってパリで初演されますが、残念ながらアリアーガは聴くことができませんでした。(草葉の陰で聴いていたかもしれませんが。)

  当団では、「隠れた名曲シリーズ」として、日本ではあまり知られていない作曲家の交響曲や有名な作曲家の埋もれている交響曲などを積極的に演奏会で取り上げる時期がありました。アリアーガのこの交響曲も同シリーズの一環として2008年10月の第63回演奏会で取り上げており、今回は15年ぶりの演奏となります。

◆ルターが書いた讃美歌が引用された交響曲
 この曲はメンデルスゾーン(1809-1847)が21歳の1830年に書いた交響曲です。前回の交響曲第3番「スコットランド」で味を占めた当団は、二匹目のドジョウを狙うべく、今回も同じ作曲家の交響曲を演奏会のメインプログラムに載せました。第5番という番号が付けられていますが、実際には第1番に次ぐ2番目の交響曲です。生前には出版されず、死後の1868年に初出版されたため第5番という番号が付けられています。生前に出版されなかったのは、メンデルスゾーンがこの曲の出来に満足せず、何度も書き直し、結果、出版を認めなかったからと言われています。メンデスゾーンの5曲の交響曲の順番は出版順に付けられており、完成順では第1番⇒第5番⇒第4番⇒第2番⇒第3番となります。

 この曲は、宗教改革で有名なマルティン・ルターが作った讃美歌「Ein feste Burg ist unser Gott(神はわがやぐら)」が第4楽章に引用されていることから、「宗教改革」という愛称で呼ばれています。この歌詞の意味は「我々は神という堅固な城砦に守られている」ということでしょうか。また、第1楽章では「ドレスデン・アーメン」のモチーフが引用され、宗教色を高めています。この曲には3本のトロンボーンのほか、低音補強のためコントラファゴットやセルパンという木製の金管楽器が使われています。この二つのパートは同一なため、どちらかを省略することも可能です。

 セルパン(Serpent)はフランス語で「蛇」の意味があり、蛇のようにくねった形が由来です。10数年前のテレビの某音楽番組で「絶滅危惧種」と紹介されていましたが、現在ではチューバで代用することもあります。ただし、金管楽器とはいえ、本体が木製で、木管楽器のように直接穴が開いているため、音色はチューバよりはファゴット族に近いです。なお、メンデルスゾーンは演奏会用序曲「真夏の夜の夢」op.21でも、この楽器から派生したオフィクレイド(Ophicléide)という楽器を使っています。

 セルパンは前述のとおり楽器や演奏者の確保が難しく、残念ながら今回の演奏では省略させていただきます。


 *注老人と子供のポルカ」(YouTube 2020年カバー版)

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