
今回の聴きどころ
第89回(2021年9月)

〜名曲の陰にサリエリあり?〜
◆サリエリ〜実は「すごい人」
アントニオ・サリエリ(1750-1825)は、モーツァルトやベートーヴェンと同じ時代にウィーンで活躍したイタリア人の作曲家ですが、作品よりも、モーツァルトと対立して嫉妬のあまり毒殺したとの嫌疑をかけられた不遇な作曲家として有名になりました。しかしながら、毒殺説は毒殺自体が立証されておらず、また、不仲説についても、宮廷楽長として社会的地位にも経済的にも圧倒的に恵まれていたサリエリが嫉妬するとは考え難いため疑念が残ります。近年では人格なども再評価され、作品が演奏される機会も多くなっています。
サリエリはオペラのスペシャリストで、オペラは43曲残っていますが、それ以外の管弦楽作品はほとんどありません。作曲家として秀逸であるかどうかは別として、実は「すごい人」で、ウィーンの宮廷楽長という名誉職に就いて音楽監督・指揮者として活躍したり、教育者として若い作曲家を多く育てています。その門下からは、ベートーヴェンをはじめシューベルト、リスト、ツェルニー、フンメルなど名立たる作曲家を輩出していますが、弟子からは謝礼を取らず、才能のある弟子には支援を惜しまなかった慈善活動家であったとも言われています。
今回演奏する序曲「海の嵐」は、1800年に書かれた歌劇「ファルマクーザのチェザーレ(シーザー)」の序曲の副題で、序曲が単独で演奏される場合はこの副題で呼ばれることが多いようです。サリエリの数ある序曲の中から、メインプロであるベートーヴェンの田園交響曲第4楽章「雷雨、嵐」に因んでこの曲を選びました。一説によると、ベートーヴェンの「雷雨、嵐」の楽章は、この曲を手本として作られたということです。事実なら、まさに「名曲の陰にサリエリあり?」ですね。
◆サリエリの弟子〜ベートーヴェン
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)は、1795年にサリエリに出会い師事しています。師への恩返しの意味もあるのでしょうか、1797〜98年に書かれた作品12のヴァイオリン・ソナタ第1番〜第3番はサリエリに献呈されています。
当団は、第83回演奏会(2018.9)の交響曲第1番を皮切りに、ベートーヴェンの交響曲を番号順に演奏してきました。前回の第88回演奏会(2021.2.21)では第5番「運命」を取り上げ、厳しい状況下でしたが、無事演奏会を開催することができました。今回は、それに続くベートーヴェン・チクルス第6回で、交響曲第6番「田園」の登場です。
◆サリエリの孫弟子〜ヴォジーシェク
ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク(1791-1825)は、1791年にボヘミア(現チェコ)のヴァンベルクに生まれた作曲家です。1813年には活動拠点をウィーンに移しましたが、1825年に34歳という若さでこの世を去りました。ウィーンでは、トランペット協奏曲で有名なフンメル(1778-1837)に師事していますが、フンメルはサリエリの門下生なので、ヴォジーシェクはサリエリの孫弟子に当たります。また、尊敬していたベートーヴェン、さらにシューベルトに出会って親交を深めています。作品はピアノ曲が主ですが、ベートーヴェンはヴォジーシェクの作品を高く評価していたと言われています。ヴォジーシェクは、楽曲としての「即興曲」の創始者として音楽史に名が刻まれており、この即興曲というジャンルは、シューベルトやショパンに引き継がれていきます。
今回演奏する交響曲ニ長調は、1823年に完成したヴォジーシェク唯一の交響曲で、その作風には、尊敬していたベートーヴェンの影響が顕著で、ベートーヴェンの作品の断片のようなものも顔を出しますが、旋律や和声はシューベルトの色合いで、古典的な中にもロマンティシズムを持った作品です。
◆作曲家にまつわる奇妙なつながり
サリエリは1825年5月7日に亡くなっていますが、その1年前の同日、ベートーヴェンの「第九」が初演されています。また、ヴォジーシェクの死もサリエリの没年である1825年の11月19日ですが、その3年後、1828年の同日にはシューベルトが亡くなっています。さらに、ヴォジーシェクが生まれた1791年は、モーツァルトが亡くなった年です。奇妙なつながりですね。信じるか、信じないかは・・・。